目次
「社長の人柄が見えると、おのずと会社の顔も見えてきませんか?」
そんな一言からはじまったこの企画
〜 Focus on the President 〜
moreのスタッフ達がいつもの介護の現場を飛び出して、焚き火を囲んだアウトドアフィールドに繰り出しました。
それぞれが得意料理を作りながらワイワイガヤガヤ。
あれやこれやを社長にぶつけてみました。
垣根の低いコミュニケーションこそモアの真髄。
「この会社、なんだかおもしろそう」
って思っていただけたらこれ幸い。
< 出 演 >
倉田:more代表取締役(*趣味は植物栽培)
草野・山岸・中川・河辺:moreスタッフの面々(*役職はさまざま)
山梨:パートナー企業デザイナー(*社長の学生時代の先輩でもある)
幼少期のハナシ
倉田さんの幼少期はどんな子供だったんですか?
The サッカー少年!って感じでしたね
学校の通知表に書かれて記憶に残っていることとかありますか?
「落ち着きがない」は定番でしたね。
あまりにうるさすぎて、友達と一緒に空っぽの部屋に監禁されたこともありました。
(笑)閉じ込められていたということ?
そう、閉じ込められてましたね。授業中に。
だけどその部屋にはなぜかソファがあってね。居心地が良いんですよ。いつの間にかそこに行くのが目的になってました。
どうしようもない子ですよね(笑)
そこはちょっと倉田さんらしい。
「置かれた環境を、それはそれで楽しんでしまう」と言いますか。
今もそのままのところもありますよね。サッカーも友人からの勧めで始めたとのことでしたが、未だに好きで続けていますもんね。
楽しんでいる…そうだね。前向きなのかな?
フットサル(サッカー)は会社でも部活動としてずっと続けていますね。
好きなことを仕事にしたいとは思われなかったんですか?
思いましたよ!1番はサッカー選手で、その次が洋服屋。
でも父親は物事をリスクから捉えるタイプの人だったので。「景気が悪くなった時に最初に切られるのは洋服だぞ」とか言われたり。父が勤めていた飲食業にも興味はあったけど、「飲食業は長時間立ちっぱなしだからしんどいぞ」とか(笑)…自ずとそういったものは選択しなくなりましたね。
ただ、その反面教師もあるかもしれないけど、今の私はすぐに「ノー」と言わない性格になったかな。「できない」と考えることが嫌なのかも知れないですね。スタッフのみんなが「moreはやりたいことがチャレンジできる自由な会社だ」と言ってくれますが、ベースは幼少期にあったのかも。
自身のキャラクターについて
倉田さんは昔から好奇心旺盛な方でしたか?挑戦したいことや興味があることが多かったとか。
好奇心は多めなタイプかも。
でも嫌なものは結構はっきりとしてます。興味の無いものは全く興味無いですし。
仕事でもそのアンテナが急にキュッ!と立つ時がありますよね。
一緒に仕事をしていると、倉田君はどちらかというと僕の中では凄く一緒の人を楽しませるタイプの経営者だと思う。
もっと冒険する経営者は一杯いるのに、倉田君はちゃんとリスクとリターンの計算が全部できた段階で、じゃあ次行こうかってなるもんね。石橋を叩いて叩いて渡る、みたいな。
それは後天的に、仕事を始めてから養われたものなんですか?
先ほどの話じゃないけど、父の影響とかもあるかもしれないですね。
1つひとつ計画したり組み立てがちな面は、祖父や母に似ているのかも知れないな。とても緻密な人たちでした。
介護への思い
倉田さんのお話を伺っているとご両親の影響を受けているシーンが多いように思います。
もう少しご両親のお話を聞かせていただいてもいいですか?
幼少期は祖母の認知症や父の心筋梗塞など、なんだか病弱一家でしたね。
そして自分の進路に大きな影響を与えたという意味では、母の死。これはとても大きな転機だった。
母は僕が20歳の時、成人式の2日前に癌で亡くなったんです。
最初に癌になったのは、僕がまだ物心もつかない2歳の時。
父が仕事休みの週末に一緒に病院へお見舞いに行くんだけど、病院はつまらないから帰りたい帰りたいって騒いだみたいで。
でも家に帰ってくるとやっぱり母がいないことが寂しくて、夜になると凄く泣いていたみたい。
その後、祖母が認知症になったり父が心筋梗塞になったり。。
思春期真っただ中の高校3年の時、母に末期癌が見付かって、余命はあと2年ですって宣告されて。
あの時、始めて父の涙を見ましたし、人との付き合い方も変わったと思う。
「普通の生活のありがたみ」を心底感じました。
だから、自分の介護感には“本人だけでなく、ご家族や本人を取り巻く環境までサポートしたい”という気持ちが根強くあるんだよね。
母は「息子が20歳になるまでは生かしてください」と病院の先生に言っていたそうです。
成人式前ではあったけど、20歳の僕を見届けるという生きる目標(生きがい)があったことは母の命をつないだ大きな力になっていたのかなと思う。
同時に、当時は事業所数も少なかった訪問医療や訪問看護の方々にお世話になったことも、安心して在宅介護生活を送る上では欠かせない存在でした。
moreで在宅介護を全面的にサポートできるサービスラインナップがあるのと、ご利用者様ごとの「生きがい」を付加した「コンセプト」を大切に事業展開している背景はここにもあるんです。